PROLOGUE~はじまりの場所

宇部の街はその日、纏わりつくような湿気に覆われていた。雨はすでに上がり、西の空には、梅雨の終わりを告げる大きな夕陽が照り、一面を暮れ色に染めている。
夏休みを間近に控えた少年は、街に立ち登る微かな夏の匂いを感じ取り、心が少し浮き足立っている。母屋からそっと顔を出し、庭の様子を伺うと、足早に敷地内の工場へ向かう。
ひっそりと静まりかえった作業場に、金属製の扉が軌む音が微かに響く。工員たちはすでに家路に着き、誰一人いない。開いた扉から覗き込む少年の瞳が一瞬、光を放ち、一台の古びた機械を捉える。使い込まれ、鈍く深い光を湛えた、グラインダー。
彼は今、たった一人、未来の自分と向き合っている。それは、奇跡のような時間。機械に染み込んだ油の匂い、そして摩耗した金属の冷たい感触が、少年の奥深くに潜む”何か”と共鳴し、揺り動かそうとしている。
暮れ時が、静かに夕闇を連れてくる。作業場の窓を染めていた黄金色の夕陽は、すでに力を失い、エ場に闇が覆い始めている。宝物のようなその瞬間は、すでに閉じようとしていた。しかし、彼の心の奥底には、小さな決意と未来の光がしっかりと灯っている。

原点として

1948(昭和23)年、祖父·長田武治が、宇部市大字小串に(現·宇部市相生町)に「城南衡器工業所」を創業したのが、城南電計の始まりです。当時、自宅の敷地にあった工場には、さまざまな機械が並んでいました。あの頃は今ほど厳しくなく、子どもでも自由に行き来できたので、小学生だった私は、学校から帰ってくると、工場に潜り込んでは、さまざまな工具類で遊んでいました。
そんな中で、私のいちばんのお気に入りは、「グラインダー(研削盤)」でした。グラインダーは構造がシンプルで、加工したいモノを砥石に押し付けることで削ることができます。子供でも、見よう見まねで操作することができました。砥石が回り、モノが削れて形が変わっていくのが面白くて、削りカスが火花となって飛び散る様は、子供心にとても不思議でした。加工を経てモノの姿形が変わっていく面白さ、薄暗い工場の中に閃光のように飛び散る火花の美しさに魅了されたのだと思います。
当時、城南衡器工業所は、主にコンベヤ計量器のメンテナンスを手がけていました。機械式のコンベヤスケールを工場でバラして清掃していた光景は、強く印象に残っており、円盤などのパーツが何に使われるのか、とても興味がありました。コンペヤの円盤の周りにはコロが付いていて、ベルトが回るのに連れてローラーが回転するのですが、重くなってくるとベルトが凹んで下がり、コンベヤの円盤が傾くと回転が変わる仕組みになっていて、よくこんなことを考え出す人がいるなと感心したのを覚えています。
コンペヤ計量器というのは連続式で、物を運びながら計量できるため、大量生産に対応できる非常に効率的な計量器として、今でも使われているものです。
あの当時、子供だった私が工場で体験したこと、手先に残る感触、従業員の人に遊んでもらった経験などは、肌感覚として身体の奥深くに染み付いており、それが、今の私を形づくる”素地”になっているように思います。その意味では、城南電計の始まりの場所である、あの庭の工場こそが、私の原点なのかもしれません。